大判例

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東京家庭裁判所 平成7年(家)10260号 審判

申立人 ジャック・ヘンリー・エドガー

相手方 高田まゆみ

事件本人 高田さゆりこと

サユリ・カロライン・エドガ一

主文

本件申立てを却下する。

理由

第1申立ての要旨

申立人と相手方とは、昭和57年(1982年)7月3日に婚姻し、同年9月16日事件本人が出生したが、昭和59年(1984年)5月11日テキサス州ベクサー郡第288司法区地方裁判所の離婚決定により離婚し、同判決において申立人は事件本人の一時占有保護者(ポゼッサリー・コンサバター)に指定された。相手方は平成元年(1989年)5月に申立人の意向を無視して、事件本人をテキサス州から日本に連れ去り、日本に移住してしまった。その後、申立人は、平成元年(1989年)11月13日テキサス州地方裁判所において、事件本人の単独支配保護者(ソール・マネージング・コンサバター)を相手方から申立人に変更する旨の決定を得た。

よって、申立人は、事件本人の父親として、事件本人との面接交渉が行えるよう審判を申し立てる。

第2当裁判所の判断

1  本件記録並びに別件記録(平成4年家第××××号親権者変更申立事件)によると、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方は、昭和57年(1982年)7月3日、アメリカ合衆国テキサス州において同州の法令に従って婚姻し、同月9月16日に事件本人が出生した。

(2)  申立人と相手方は、昭和59年(1984年)5月11日、テキサス州ベクサー郡第288司法区地方裁判所の離婚判決により離婚し、同判決において、相手方は事件本人に対して、監護教育、居所指定、財産管理ないし代理権等を行う権限を有する単独支配保護者(ソール・マネージング・コンサバター)すなわち保護親(カストディアル・ペアレント)に指定され、他方、申立人は夏休み等の一定期間だけ事件本人をその保護下におくことができる一時占有保護者(ポゼッサリー・コンサバター)に指定された。

(3)  相手方は、平成元年(1989年)5月、上記裁判所の許可を得たうえ、事件本人を連れてテキサス州から日本国に移住し、以来日本国内において居住し、生活している。

(4)  申立人は、昭和63年(1988年)8月に、事件本人の単独支配保護者を変更するよう求める訴えを上記裁判所に提起し、同裁判所は、相手方欠席のまま陪審による事実審理を遂げたうえで、平成元年(1989年)11月13日、単独支配保護者を申立人に変更するとともに相手方に対し、特定の期間を除いて、事件本人を申立人に引き渡すこと及び養育費を支払うことなどを命ずる旨の判決(以下「外国判決」という。)を言渡し、同判決は相手方が法定の期間内に上訴しなかったため確定した。

(5)  申立人は、上記裁判所において上記外国判決の登録手続をとり、単独支配保護者の変更をするとともに事件本人の引渡しを命ずる上記外国判決の執行判決を求める訴えを東京地方裁判所に提起し、勝訴判決を得たが(平成3年ワ×××号執行判決請求本訴事件、同年ワ×××××号請求異議反訴事件)、相手方が控訴し、その結果、東京高等裁判所は、同外国判決中の給付を命ずる部分を執行することは公序良俗に反し民事訴訟法200条3号の要件を欠くとして一審判決を取り消し(平成4年ネ×××号執行判決本訴、請求異議反訴請求控訴事件)、同判決は、平成6年2月2日上告却下決定により確定した。

一方、相手方は、事件本人の親権者を申立人から相手方に変更するよう求める審判を東京家庭裁判所に申し立て、同裁判所は平成7年2月20日、これを認める旨の審判をなし、この審判は確定した(平成4年家××××号親権者変更申立事件)。

(6)  申立人は、相手方と離婚後の昭和61年(1986年)12月ころ、フィリピン出身のメアリ・ニコラスと婚姻し、1女をもうけたが、その後メアリと離婚し、子供をめぐってメアリと裁判で争い、現在は右子供を引き取り養育している。

(7)  事件本人は、申立人と相手方が離婚した昭和59年(1984年)5月から相手方のもとで養育されており、平成元年(1989年)5月に来日し、宇都宮市立○○小学校を経て、平成2年(1990年)1月に江戸川区立○○○小学校に転入し、以来肩書住所地の相手方名義の持ち家に相手方及びその母(事件本人の祖母)と居住している。事件本人は同小学校を卒業し、平成7年(1995年)4月から同区立○○○○中学校に通学するようになった。事件本人は、来日当初こそ日本語を理解できずに苦労していたが、次第に日本語が上達して、交遊関係も拡がり、成績も上昇し、現在では日本語での会話にも不自由がなくなった反面、英語による会話は不可能な状態にある。

(8)  申立人は平成5年(1993年)4月30日、突然、日本人弁護士を伴って、事件本人の通学していた前記小学校を訪問し、事件本人との面会を求めたことがあり、その際、事件本人は嫌がったが、学校側が教師を同席させて申立人と面会させ、申立人が事件本人にプレゼントを渡して帰ったということがあった。その際、事件本人は英語が理解できないため、同席した弁護士を通じて対話がなされたが、事件本人は終始固い表情を崩さなかった。

(9)  現在、事件本人は申立人とは会いたくないとの意思を鮮明にしており、その理由として、申立人に親しみを感じていないことや、申立人が裁判によって強引に事件本人を引き取ろうとしたり、執拗に事件本人に面接を求めて来ることに嫌悪感を感じていること等を挙げている。また、事件本人は、申立人が事件本人に干渉しないことが自分にとって最大の幸福であるとも述べている。

(10)  平成7年8月4日の本件調停期日において、事件本人と申立人とは当裁判所の児童室において、面接をする機会を持った。この面接は、申立人との面接を拒否していた事件本人に対し、裁判所が事件本人の気持ちを直接申立人に伝えた方が今後の解決のためにも良いのではないかと事件本人に働きかけ、事件本人がこれを受け入れた結果実現したものである。事件本人は、面接中、申立人の食事やディズニーランドへの誘いを拒絶し、申立人には会いたくないことを明確に述べ、申立人が持参したカメラで事件本人を記念撮影することまでも拒否し、終始申立人から視線をそらして、親子らしい会話も全くない状態のまま約1時間の面接時間を終了したのであり、申立人は持参したプレゼントを事件本人に手渡すこともできなかった。

2  以上の事実に基づき、申立人の面接交渉の申立ての当否について判断する。

(1)  子の監護に関する処分については、子の住所地国に国際裁判管轄権が存するものと解すべきであり、本件においては、事件本人が、日本国に住所を有し、かつ、在住しているのであるから、わが国の裁判所が管轄権を有しているものと解すべきである。

(2)  次に、本件においては、事件本人及びその父である申立人がアメリカ合衆国国籍を有しており、かつ、テキサス州の市民であり、事件本人が出生以来来日するまで、同州に継続して居住していたのであるから、本件については、法例21条及び28条3項によりテキサス州法が準拠法となるものと解される。

そして、同州家族法第2編(親と子)、第14章((親権、監護権及び子の養育)の中の第3条(14、03)「子の監護及び子との面接交渉」の規定によると、親は原則として子に対し面接交渉する権利があるものとされている。

ところで、前記のとおり、申立人は事件本人の単独支配保護者(ソール・マネージング・コンサバター)の地位にあったが、東京家庭裁判所において平成7年2月20日、事件本人の親権者を申立人から相手方に変更する旨の審判がなされ、この審判が確定しているから、上記審判の内容に照らし、申立人は、テキサス州家族法の規定する事件本人の単独支配保護者の地位を失ったものと解するのが相当である。もっとも、上記確定審判がテキサス州における判決承認手続等を経ることなく、直ちにテキサス州法上も効力が発生し、申立人が単独支配保護者の地位を失ったと解することには疑問の余地がないわけではないので、その場合をも考慮して、本件申立ての当否について検討する。

(3)  前記テキサス州家族法第2編(親と子)、第14章((親権、監護権及び子の養育)の中の第3条(14、03)「子の監護及び子との面接交渉」の規定のうち、(d)には「裁判所は、子の監護及び面接交渉が子の最善の利益に合致しないと認める場合及び親の監督と面接交渉が子の肉体的情緒的福祉を害する危険性があると認める場合を除き、親の監護あるいは面接交渉を拒否できない。」と規定されており、親であっても一定の場合には子に対する面接交渉権が制限される場合のあることが定められている。そして、この点は、仮に申立人が単独支配保護者の地位を失っていないとした場合であっても変わりはないというべきである。

そこで、本件において、上記のような面接交渉権が制限される特別の事情があるかどうかについて検討してみると、前記認定の事実のとおり、申立人と相手方との間には、事件本人の監護養育をめぐる確執が続いており、事件本人は申立人と面会することについて一貫して拒否的であるうえ、申立人が自分に干渉しないことが自分にとっての最大の幸福であるとも述べており、現に、本件調停期日において申立人と事件本人が面接をした際にも、事件本人は直接申立人を見ようともせず、話しかけることもなく、記念写真を撮らせることさえ拒否するといった状態にあったのであり、事件本人が申立人に嫌悪感を抱き、申立人を避け、申立人との交流を頑に拒否しているという事情が認められる。そうすると、このような状況のもとで、事件本人の意に反する面接交渉を認めることは、事件本人の情操を著しく害し、同人に対して過大な精神的苦痛を与えることとなり、事件本人の福祉や利益に反することが明らかである。

したがって、少なくとも現時点において、申立人が事件本人と面接交渉することは、上記テキサス州家族法の条項の趣旨に照らして、許されないと解するのが相当である。

なお、申立人は、相手方(事件本人の実母)が事件本人に対し、申立人とは会いたくないと言わせるように仕向けているとか、相手方が申立人に対する復讐の気持ちから、事件本人に申立人に対する嫌悪感を植えつけたためであると主張するが、仮にそういうことがあるとしても、事件本人は、既に13歳で自分の意思を明確に表現できるうえ、裁判所において相手方の同席しない場所で事件本人に真意を確認した際にも、申立人とは会いたくない旨の意思を明確にしているのであるから、事件本人の意思を尊重すべきであり、申立人の主張は採用できない。

以上によれば、申立人の本件申立てを認めることはできず、これを却下すべきものである。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 小林崇)

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